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東京高等裁判所 昭和63年(う)646号 判決 1988年9月12日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伊藤伴子作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

まず、職権で調査するに、原判示第一の事実について、原判決は、犯行の日を「昭和六二年一月二三日」と認定判示しているが、原判決挙示の関係証拠によれば、その犯行の日が「昭和六三年一月二三日」であることが明らかであり、この点、原判決には事実の誤認があるといわなければならない。そこで、右の事実誤認が判決に影響を及ぼすものかどうか記録を調査して検討すると、原判示第一の事実に対応する訴因は、昭和六三年二月二六日付起訴状記載の公訴事実として掲げられたものであるところ、起訴に際しては同訴因においても犯行の日を「昭和六二年一月二三日」としていたが、原審第一回公判期日に検察官からこれを「昭和六三年一月二三日」に改める旨訴因の変更の請求があり、原審弁護人においても右請求に異議がなく、原裁判所が訴因変更を許可し、更に、この訴因の変更手続が行われた後に被告人に対し被告事件について陳述する機会が与えられ、被告人が同訴因につき公訴事実を全部認める旨の陳述をしていることが明らかである。すなわち、原判決における犯行の日の誤った認定判示は、変更前の訴因における犯行の日の誤った表示をそのまま踏襲したものと窺え、一方、被告人側においても、変更前の訴因と変更後の訴因との間で犯行の日に満一年の相違があるにせよ、犯行時刻、犯行場所、犯行方法、賍品などが全て同一であることから、公訴事実の同一性を肯定して、訴因変更に異議がなく、かつ、変更後の訴因について犯罪事実を全面的に認めたものと認められる。してみると、判決において認定判示する犯行の日時は、罪となるべき事実そのものではなく、これを特定するため、できる限り明示することが求められているものであるから、原判示第一の事実の認定において、認定事実と訴因事実とが犯行の日のほかは完全に一致していることに加え、右のような審理経過、とりわけ犯行の日に関して訴因変更の手続がとられていることなどに照らし、犯行の日にかかる前示のような誤認は罪となるべき事実の特定に影響を及ぼしていないものと認められ、したがって、右誤認が判決に影響を及ぼすものでないことも明らかであり、結局、原判決を破棄する事由は存在しない。

そこで、量刑について、原審記録を調査し、当審における事実取調の結果を考え合わせて所論の当否について検討すると、本件は、被告人が六回にわたりいわゆる空巣狙いの犯行を繰り返して、現金合計約一七万三三〇〇円及び札入れ等五点を窃取したという事案であるところ、回数が多いのみならず、犯行に際し玄関先で声を掛けるなどして家人の有無を確める等、その犯行の手段、方法等につき手慣れた様子も窺え、その意味でも犯情が悪質である。しかも、被告人は、本件当時、夫が病気で働けないということもあって夫や子供らとともに生活保護費の支給を受けていたにもかかわらず、夫婦で毎日のようにパチンコ店に出かけ、支給された金の大半をパチンコに費消し、そのため生活費にも困って、金品の窃取を行うようになったものであり、このように生活態度が乱れていたことに加え、昭和五九年六月一九日(同年七月四日確定)に殺人及び死体遺棄罪(実の子を出産直後に殺害し、押入れ内に隠匿したもの)により懲役三年、四年間執行猶予保護観察付の判決を受け、その執行猶予期間中に本件各犯行に及んだものであって、こうした点に照らせば、被告人には再犯のおそれもあるといわざるを得ず、更に、被害弁償も全くされていないことなども考え合わせると、被告人の刑事責任は決して軽くないものというべきである。

そうすると、被告人が本件各犯行に及んだことについて被告人の夫にも責任の一端があること、被告人の生育環境が不遇であってその意味では同情の余地があること、被告人が現在では反省し、今後は真面目に働き、面倒を見なければならない幼い子供らのために尽す旨誓っていること、前記執行猶予期間もすでに経過していること、その他所論指摘の諸事情を被告人のためにしん酌してみても、懲役一年三月に処した原判決の量刑はやむを得ないものであって、それが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の刑に算入し、刑訴法一八一条一項但書を適用して当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官船田三雄 裁判官松本時夫 裁判官山田公一)

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